どうせ無駄な意見だけど

shusen772004-11-24

最近税金の問題が気になっています。

というのは、授業中のディスカッションできいたクラスメイトの議論がなるほどと思えるものだったからです。

その時のトピックは「自己責任でタバコを吸い続け、肺がんになって身動きができなくなった人間に対し、国の税金を使ってでも治療を与えるべきか」といったような内容だったのですが、クラスの雰囲気は反対に傾いていました。それは「がんになるのはわかっていたのに、吸い続けた馬鹿な人間のために税金を使う必要はない」というごく常識的な意見で、僕自身も同じ考えを持っていました。

そこで1人の学生が反対意見をだしたのですが、それは「タバコを吸う人間は一本数ごとに多額の税金を払っている。それを積み重ねていけば何兆円となるだろう。自己責任で吸った人たちが貯金のように蓄えていった税金は、まさにその人たちのために使うべきだ」というものでした。当たり前と行ったら当たり前、だけどその当たり前の考えを言葉にされたとき、なるほど税金とはこうあるべきなのではないかと思いました。

税金というと何か払わなければいけない嫌なものという印象が強いですけれども、その出所と使い道がはっきりすれば、そんなに嫌なものではなくなるのではないでしょうか。

例えば政府を養うために所得税や消費税、都や市の政府やサービスを利用するために都民税や市民税、タバコ関連の費用を負担するためにタバコ税というふうにしていけば、通常のサービスを購入するのと同じ感覚で払うことができるのではないかと思うんです。逆に言えば、タバコを吸う人間のお金がなぜ政府の重要な資金源にならなければいけないのか、そっちの方が疑問に感じてしまいます。

2000年のアメリカ大統領選だったと思いますが、ゴアが所得税を一律17%にすればすべての支出をまかなえると言い、驚いたことがありました。その時のアメリカの中産階級の税率が27-28%くらい、それ以上の所得者は30数%の税金を払うことになっていたので、よほど非効率的に徴収されていたのだということがわかります。税率が高ければ全ての人が抜け穴を探し、できるだけ少なく払おうと無駄な時間とお金を費やすことになり、税率を一律で低くすれば、わかりやくなり抜け穴もなくなる、という論理です。

本当にその方法が可能なのかどうかは、専門家でないのでわからないですが、税金はできるだけわかりやすくしたほうがいいと思うきっかけになりました。

世の中の人間はそんなに頭がよくないのだから、物事はできるだけシンプルに。払うべき人間が払い、恩恵を受けるべき人間が恩恵を受ける、というのが一番いいのではないでしょうか。

きれいな鼻水と嘘

友達と飯を食いに行こう、ということになり、話の成り行きでインド料理を食いにいくことになった。最初はうきうきしていたんだけど、メニューを取ってよく考えてみたら「またカレーじゃん!」と心の中で自分に突っ込まざるを得なかった。明日はできれば違うものを作りたい。。。

昨日は南米経済(SAFTAとFTAAの比較)のペーパーを書き終えたが、明日までに今度はアメリカ経済のペーパーがある。今回はマクロ的観点から製造業を見るという具体的な方向性があるので多少やりやすいが、毎日ペーパーだとさすがに疲れる。読む方の宿題を少しサボってきたので、調べ物が多くなる。

ところで話が大きく変わりますが、女の人はどうして花がすきなんですかね?見るともう無条件に「綺麗!」「かわいい!」「ありがとう!」とびっくりマークを連発させるじゃないですか。ま、自分があげて喜んでくれているときはいいとして、まわりで赤の他人が喜ぶのを見ているときは、ちょっとひきますね。何か男に見えないもの、特に俺には見えないものが花の上かなんかについていて、それをみて「かわいい!」といっているのじゃないか、と思ってしまう。

あと、きったないガキが鼻水をたらしているのをみて「かわいい!」とかいうのも変。「もっとよく見ろ!!」といいたくなる。子供をみたら「かわいい!」と叫ばなければいけないという規則があるんですか?冷たい人間だと思われるのが嫌だから、適当に話を合わせるけど、できることなら嘘をつきたくないです。心の中では、難しい立場に追い詰めないで欲しいといつも思っています。

明らかに嘘をついている人といると、こっちもある程度嘘で合わせなければいけないので疲れます。かわいいという言葉はかわいいものに対してだけ使って欲しいです。

カレーな日々

shusen772004-11-22

最近毎日カレー食っています。

最近といっても過去3ヶ月近く、カレー率がおよそ60%くらい。インド、スリランカの友達に教えを乞い、作り方を習ったのですが、僕自身が作るのは大しておいしくなく、時間もかかるのに、何故か毎日同じものを食い続けています。多分あと一ヶ月くらいはカレーばかりなのかなあ。

最近つとに思うんですが、女の人は食べ物に費やすエネルギーとか、お金とか段違いですね。中国に住んでいたとき、毎日外食だったんですが、男友達5人はほぼ毎日行くレストランが決まっていて、昼飯はここ、夕飯はあそこ、というふうに待ち合わせしなくても必ず同じ時間に落ち合っていました。

女の子は毎日昼休みは1時間程度しかないのに、往復1時間の道を行き、30分かけて飯を食い、授業にも結構平気で遅刻をしてきていました。あれはすごいと思ったなあ。大体僕が新しい店に行くのは、女の子に連れて行ってもらうときだし。

あ、あと女の子がダイエット中とかでご飯をほとんど食べなかったのに、「デザートは?」と聞くと、でっかいアイスクリームを丸々ほおばっていたことがあったなあ。痩せない人にはそれなりの理由があるんだなあ、と思った高校時代でした。

この違いはどこから来るんですかね。もう少しこのエネルギーを有効に活用すればいいのに、と思うこともあるんですが、かといって男どもがエネルギーを有効活用しているとも思えないし。不思議なもんですね。おかげで大して苦労もせず、上手い食い物にありつけています。

これまでカレーライス、カレー&パン、カレー&パスタ(マカロニ)をやったので、次のアイディアを何にしようか、頭をひねっています。

間違った行動力

shusen772004-11-21

今日は朝サングラスを買いに街に行ったあとは、ずっと部屋にいてレポートを書いていた。というよりは書こうという努力をしていた。いや、これも違うな…「レポートを書かなければいけない」という事実を頭の片隅に置きながら、勉強以外にすることを見つけて、一日をほぼ使い切ってしまった。

やらなければいけないことがある時に限って、いつでもできるようなことに気が回るのは、何故なんですかね。普段僕の机の上はゴミ箱並に汚いんですが、週末中にレポートを書かなければいけないときに限って、「いつまでも先延ばしにするのは俺の悪い癖だ」などと、間違った方向に行動力を発揮してしまい、掃除を始めてしまう。それが終わると、「あ、そうだ。しばらく運動をしていなかった」などと、中途半端な腹筋運動を数十回やり、シャワーを浴び、コーヒーを飲み、などとしているうちにすでに5時を回っていた。

調べ物をしたり物を書いたりすることが好きなので、レポートを書くのも、始めてしまえばそんなに苦痛ではないのに、最初の一歩を踏み出すのが難しい。非常に難しい。できれば書かないうちに一日が終わって欲しいし、一生も終わっていて欲しい。何故なんだろう。これは僕だけのことなのだろうか。他にも同じ考えの人がいるのだろうか。そうだ、ブログを書こう!!というわけで書き始めました。これからも勉強の合間に書くので、見てください。